コロナ禍で社会が変わろうとしてる今が、人生を変える大きなチャンスになる

コロナ禍で社会が変わろうとしてる今が、人生を変える大きなチャンスになる

サラリーマンという仕事にやり甲斐と満足があって、これこそが自分の生きる道だと考える人もたくさんいるだろう。自分が満足しているのであれば、何の問題もない。サラリーマンを続けるべきだ。しかし、満足していないのであれば、いよいよこの職業から去ることを考える時期に来ているのではないだろうか。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

今の人生でいいのだろうかと考える人も増えている

コロナ禍で自粛することが求められるようになり、多くの人々が否が応でもステイホームせざるを得なくなった。そんな中で自分の生き方を見つめ直す人や、本当に今の仕事、今の人生でいいのだろうかと考える人も増えている。

コロナ禍は、今まで何となく流されて生きていた人に一時的な「立ち止まり」を与え、そして考える時間を与えている。

人生は長いようで、それほど長いというわけではない。「光陰矢の如し」も「少年老いやすく学なりがたし」も真実だ。うかうかしていると人はあっという間に歳を取り、「あの時にああしておけばよかった」と後悔することになる。

ところで、人間の時間を浪費するのは「何もしないで怠惰でごろごろする無為な時間」だと考える人は多いが、本当はそうではない。実際に人間の時間を奪っているのは「怠惰な時間」ではないのだ。

誰もが分かっていて目をつぶっていること。それは、「労働」が自分の人生の時間の大半を奪っているということだ。特に日本はその傾向が強い。

なぜか。日本は会社に忠誠を尽くしているのかどうかを残業時間で測って、残業時間が長い社員を「忠実な社員」と見て引き立てていく傾向にあるからだ。出世したければ滅私奉公しなければならない。それが長時間残業の常態化を生み出している。

少しでも出世したいと考える人間は進んで社畜になる。そして「残業は当たり前、サービス残業も厭わない」という人間も出てくるようになる。社畜が増えると残業代を払わなくても働くので会社も助かる。

この文化が定着しているので、日本の企業は長時間残業をさせて残業代も払わないような企業が続出するのだ。そして、日本人は人生において自分の時間をほとんど持てないまま消耗していく。

【金融・経済・投資】鈴木傾城が発行する「ダークネス・メルマガ編」はこちら(初月無料)

残業代なしの長時間労働は見えない賃金引き下げ

能力ではなく、滅私奉公の度合いで社員を推し測る。それは日本企業の特徴だ。だから日本では長時間残業をさせて残業代も払わないブラック企業が当たり前のように社会に存在していた。

日本で長時間残業が減らないのは、社畜を作り出すと同時にコスト削減も実現するためである。

企業はすでに国境を越えて活動しており、安い賃金でも働く労働者が世界中にいることを知っている。途上国に行けば、安い給料でも雇いきれないほどの人たちが職を求めて殺到する。安い働き手はいくらでもいる。

本来であれば、日本人の労働者に対しては賃金を「もっと下げる」か「徹底的にリストラするか」が合理的経営となる。しかし、日本社会では、下手に賃金を下げたりリストラしたりすると社会的に批判を浴びる。

だから、日本企業は「残業代なしで長時間残業」させて帳尻を合わせる。それが「日本人を雇う秘訣」だった。残業代なしの長時間労働は、見えない賃金引き下げなのである。

政府は経営者に従業員の賃金を上げるように要請している。しかし、経営者は会社を高利益体質にするために、今後もあらゆる手段で従業員の賃金を下げるか、リストラが容易になるように非正規雇用を増やしていく。

そうでなければ、なし崩しに「安く働く外国人労働者」を何とか雇い入れて日本人よりも外国人に働いてもらうような動きをしていく。グローバル化が進めば進むほど、そうなるのだ。

グローバル化はコロナ禍で立ち往生している。しかし、グローバル化の流れは止まったわけではない。飽くなき利益を追い求める多国籍企業は、コロナが落ち着けばグローバル化を推し進めていくだろう。

日本でも非正規雇用者がより増えていき、賃金の引き下げも相まって労働環境は悪くなっていく。もはや、このままでは多くの日本人が、日雇い労働も同然の待遇と賃金になっていく。

コロナ禍の中、さすがに多くの日本人は今の生き方に疑念を持ち始めるようになり、別の生き方を模索した方がいいのではないかと思うようになっている。

【ここでしか読めない!】『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』のバックナンバーの購入はこちらから。

正味1万日もない人生は、無駄にすると刻々と消える

人間はどうあがいても一度しか生きることができない。しかも寿命はだいたい決まっている。人生が約80年だとすると、人間が生きることができる日数は、実質的に、2万9200日しかない。

しかも、これは80歳まで生きると仮定したときの話であり、ゼロ歳からの計算である。この文章を読んでいる人はすでに成人である可能性が高いので、実際には2万日も残っていない人の方が多いはずだ。

ここからさらに寝ている時間や、通勤時間や、暇つぶしする時間をあれこれ差し引くと、だいたい正味1万日ほどしかないのではないか。

人間が生きている時間というのは限りなく長いように見えるが、計算してみると、実はそれほど長いものではないというのが分かってくる。正味1万日もない人生は、刻々と消え去っていく。

もし、この期間の間、自分がまったく興味や関心のない仕事に就いているとしたら、それだけで膨大な時間の無駄を重ねることになる。

10年も20年も関心も興味も生き甲斐も未来もない仕事に就いていると考えて欲しい。

仮に20年もそんな仕事に就いていたら、7300日が無駄だったということになる。1万日から7300日が無駄になったら、残りは2700日しかない。長い人生の大部分が無駄になる。

だから、基本的に自分が関心も興味も持てないような仕事にいつまでも就いているというのは、「人生史上、最悪の間違い」であると言うことができる。

どの仕事に関心が持てるのかというのは、他人が決める問題ではない。自分が決める問題である。

自分に合っていないし、興味もないし、ストレスしか感じないような職に就いているのであれば、それがどんなに給料が良くても、世間体が良くても、それは最終的に自分の仕事ではない。

ダークネスの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』

コロナ禍の今が、人生を変える大きなチャンスになる

サラリーマンという職業が不安定化している。しかし、サラリーマンをやっている人の多くは、本当は満足しておらず、最初から「生活の糧」のためにやっていたのではなかったか?

したくもない仕事を、ただ「一生を保障してくれるから」という理由だけでやっているのではなかったか?

もちろん、サラリーマンという仕事にやり甲斐と満足があって、これこそが自分の生きる道だと考える人もたくさんいるだろう。自分が満足しているのであれば、何の問題もない。サラリーマンを続けるべきだ。

しかし、満足していないのであれば、いよいよこの職業から去ることを考える時期に来ているのではないだろうか。

それが自分の人生に実りを与えるものではないと分かっていながら続けるのは、人生を賭けて無駄な投資を続けているようなものだ。無駄な投資はいくらそこにカネを注ぎ込んでも、まったくリターンを生み出さない。関われば関わるほど損失が膨らみ、最終的には人生を破壊する。

自分にとって何が重要か、何が重要でないかは、他人にはまったく分からない。それは自分しか判断ができないものだ。他人にとっては有意義なはずだと思われている職業であっても自分にとって無駄だと思えばそれは無駄なのである。

自分が自分の人生の何に投資するかは、自分が最も夢中になれるものであるべきで、そこに他人の意見や見栄や外聞を持ち込むべきではない。

これができるかどうかで、自分が生まれてきたことに価値があるかどうかが決まる。自分のしたいことに邁進し、その中で生きていけるのであれば、それが最も充実した人生であると言うことができる。

コロナ禍でステイホームを余儀なくされ、多くの人が「流されて生きていた人生」を振り返る時間を得られるようになっている。熟考する中で「本当にやりたいことは別にある」と思うのであれば、コロナ禍で社会が変わろうとしてる今が人生を変える大きなチャンスになるのではないだろうか。

『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法(北野 唯我)』

鈴木傾城のDarknessメルマガ編

CTA-IMAGE 有料メルマガ「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」では、投資・経済・金融の話をより深く追求して書いています。弱肉強食の資本主義の中で、自分で自分を助けるための手法を考えていきたい方、鈴木傾城の文章を継続的に触れたい方は、どうぞご登録ください。

一般カテゴリの最新記事