自粛が要請されている今がチャンス。集中力の差が能力の差となって現れてくる

自粛が要請されている今がチャンス。集中力の差が能力の差となって現れてくる

最近、何かに没頭し、寝食を忘れるほど集中したことがあるだろうか。何か一点に没頭し、集中力をとことん高めることができれば、それは正しい道を歩んでいるということだ。その集中力が何かを生み出すかもしれない。新型コロナウイルスによって、私たちは自宅待機・隔離・自粛を要請されている。そうであれば、家の中で何かに集中して取り組むのに良い期間であると前向きに捉えることもできる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

大きなイノベーションを生み出す元になっているもの

人間の知的能力を向上させるためには集中力が必要不可欠である。猛烈な集中力が手に入ると、人間は天才的な能力を手に入れることが可能になる。勉学、芸術、競技、仕事、実務……。

集中力によって成し遂げられるものは非常に多い。

マイクロソフトの創始者であるビル・ゲイツ、グーグルの創始者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、アマゾンの創始者であるジェフ・ベゾス、あるいは経営学者のピーター・ドラッカー、そしてバラック・オバマ元大統領などは、非常に集中力ある知的な人物の代表格である。

興味深いことに、ここに挙げた彼らはすべて「モンテッソーリ教育」を受けてきた人物であり、その集中力はモンテッソーリ教育の中で培ったと述べている。

モンテッソーリ教育は「子供は自己教育力を持っているので大人はそれをサポートすることによって子供の資質を伸ばすことができる」というものなのだが、この教育方法が子供たちに強く継続的な「集中力」を作り出す効用があった。

そして、子供の頃に培ったこの「集中力」が、大人になってからの大きなイノベーションを生み出す元になって実際に世の中を変えていた。

もちろん、モンテッソーリ教育を受けていなくても、集中力のある人はたくさんいる。そして、世の中は「集中力」のある人の発想や行動力によって、パラダイムシフトを起こしている。

いかに集中力が大切かが分かる。

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集中力を手に入れるのがかつてないほど難しい時代に

「集中力」を手に入れることによって、人は多くのことを成し遂げられることが分かっている。ところが現代人は、集中力を手に入れるのがかつてないほど難しい時代に生きている。

テレビ、スマートフォン、SNS、ゲームなどの共通点は何か。それはすべて無防備に使っていると、集中力が分散されてしまうのである。集中力が必要な時に、テレビやゲームなどに引きずられ、そして何も手に付かなくなる。

気持ちが散漫になってモチベーションを失ってしまう。

集中力が続くよりも、あちこちに関心が飛ぶ方がむしろ大量情報時代に向いているのではないかと考える人も中にはいる。しかし、実際はそうではない。

現代では、化学物質のせいなのか、環境のせいなのか、ホルモン異常なのか、はっきりした原因は分かっていないのだが、生まれつき「集中しにくい性格」の子供も大量に出現している。

たとえば、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と呼ばれる人たちはそうだ。ひとつのことに集中できない。集中できないから様々な不注意を引き起こし、衝動的になる。

きちんとイスに座って授業を受けることもできず、学級崩壊を引き起こしてしまうような重篤な症状を見せる子供も珍しくなくなっている。

こういった子供たちは昔から存在していたのだが、1980年代になって、やっとアメリカの精神科医学界が症状をまとめて世界に知られるようになった。

集中力が保てないので、じっと座ってられない。じっと考えられない。それがゆえに深く考えることができず、学力が身に付かない結果となる。

しかし、ADHDはうまく治療されることによって治癒し、子供たちは集中力を取り戻し、それによって日常生活に落ち着きが生まれ、学力も向上する。

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集中できる方が社会的にも有利に決まっている

現代人の多くはテレビ、スマートフォン、インターネット、SNS、ゲームなどで強制的に注意散漫な状況に追いやられていく。こうした注意散漫が続くと、いずれ自分自身の人生に大きな問題を抱えるようになる。

集中力がなくて意識があちこちに飛ぶので、何も成し遂げられないからだ。

子供の頃から集中力が途切れるのが常態化していると、勉学すらも身につかない。そのまま社会に出ても、集中力の欠如のために経済的にも追い込まれていく可能性が高い。

集中力が欠落していると仕事にもミスが多くなる。また仕事自体が長続きしない。人の話を最後まで聞くこともできないので、対人関係のトラブルも非常に多い。

注意が散漫なせいで事故も起こしやすいという特性もある。またストレスに対する耐性も弱く、心理的に非常に動揺しやすい傾向が生まれてくる。

衝動性も高いので、衝動的な万引き、衝動的な暴力、衝動的な猥褻のような事件も起こしやすく、またアルコールやギャンブルや薬物にも染まりやすい。

集中力の欠落は、こうした悪い状況を生み出しやすい。「あちこちに関心が向く方がむしろ大量情報時代に向いている」どころではないのである。

集中力の欠如が常態化すると、まわりの人間関係から孤立して、場合によっては社会不適応の烙印を押されてしまう。

集中力の欠如と言っても、その程度は様々だ。軽度なのか重度なのかは人によって違う。軽度であれば自分を戒めて生きることもできるが、重度になればそのブレーキすらも利かない。

集中力を高く保ち続けられる人間は天才の域に達するが、集中力の欠如が著しい人間は、社会と接点を保つことすらも難しくなってしまう。

集中できるのとできないのとどちらが有利なのかと言われれば、もちろん集中できる方が社会的にも有利に決まっている。

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その集中力が何かを生み出すかもしれない

この「集中力」が人間的な能力向上の重要な要素であることは、今さら分かったことではない。

日本でも瞑想や座禅がある。インドにはヨガがある。スリランカやチベットでも修行や読経が重視されている。ユダヤにもトーラ(モーセ五書)の反復復唱の文化があり、イスラムにもコーランの反復復唱の文化がある。

方法論は違ったとしても、これらはすべて「集中力を高めるため」に行われるものだ。集中力が重要であるというのは、古来から知れ渡っている事実なのである。

精神世界はすべて集中することから始まる。集中できることが「悟る」ということにつながる。集中力が「神がかり」な能力を生み出す。集中力が超人を生み出し、集中力が人間の知的能力を向上させていく。

そういった意味で、集中力を途切れさせる現代社会のワナには充分に気をつける必要がある。私たちが手に入れなければならないのは「集中力」なのである。

ところで、「集中力を途切れさせるのが現代社会のワナ」ということに気付いたのであれば、それを逆手に取っていけば逆に圧倒的多数の人間を追い抜くほどの能力が手に入るという逆説にも気付く人もいるかもしれない。

つまり、多くの人が集中力を途切れさせるワナに落ちるので、自分が逆に集中力を高められる日常生活を送るように気をつけていれば、それだけで成功の確率が高まる。集中力の差が、確実に能力の差となって現れてくる。

どのような方法が自分の集中力を向上させるのかは、人それぞれ違っている。

しかし、いずれにしても集中力を向上させるための努力をして、重要な課題に取り組むという姿勢が維持できるというのは成功するための大きなステップになり得る。

最近、何かに没頭し、寝食を忘れるほど集中したことがあるだろうか。何か一点に没頭し、集中力をとことん高めることができれば、それは正しい道を歩んでいるということだ。その集中力が何かを生み出すかもしれない。

新型コロナウイルスによって、私たちは自宅待機・隔離・自粛を要請されている。そうであれば、家の中で何かに集中して取り組むのに良い期間であると前向きに捉えることもできる。

『モンテッソーリ教育で子どもの本当の力を引き出す!(藤崎 達宏)』

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