コンプレックス商法。資本主義社会で「劣等感」がことさら強調される理由とは?

コンプレックス商法。資本主義社会で「劣等感」がことさら強調される理由とは?

「劣等感のワナ」に落とすと金が儲かるので、金をかけても劣等感を育てる方が業者にとっては得をする。だからメディアに接して広告に触れる機会が多い人ほど劣等感の塊になっていく仕組みになっている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

世界の終わりでも来たかのように騒ぐ

資本主義社会では「劣等感」はことさら強調される。なぜか。それは劣等感をとことん刺激して相手を絶望のどん底に突き落とすことで金になるからだ。

これは一部で「コンプレックス商法」と言われているのだが、以下の手法で劣等感を抱く人たちから金を毟り取る。

(1)あなたの欠点はこれだと劣等感を刺激。
(2)恥ずかしくないのか、と劣等感を強調。
(3)こちらの商品を買えば解決すると提案。
(4)高額商品を買わせてぼろ儲けする。

人の劣等感は多岐に渡るので、このコンプレックス商法の対象もまた多岐に渡るのだが、その中でもよく知られているのは男性の禿頭(とくとう)かもしれない。

髪の毛が薄くなろうが消えてなくなろうが、別に大騒ぎするようなことではないのだが、まだ20代や30代で髪が薄くなったりすると劣等感を感じる人も多い。

それをコンプレックス商法をする業者は、まるで世界の終わりでも来たかのように「恥ずかしくないのか?」と責め立てて、超高額なウィッグを売りつけたり、妙な毛生え薬の類いを売りつけたりする。

これが「コンプレックス商法」の手口だ。

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劣等感を感じさせて、何かを買わせて金を毟り取る

この「コンプレックス商法」は身長にも体重にも効く。

身長が低すぎれば「この薬で、この機材で、この食材で、身長が伸びる」と業者から提案があるのだが、その前に低身長によるデメリットがこれでもか、これでもか、と強調されて刺激されることになる。

身長が150センチでも160センチでも、生きていくのに何の支障もない。

身長が能力に直結するスポーツなどでは低身長は切実な問題になっていくのかもしれないが、普通の日常を送るのであれば何の問題もない。

しかし、それを「他人よりも身長が低いと恥ずかしい」と意識させて問題であるかのようにあらゆるメディアで喧伝し続けて、劣等感を抱くまでに育て上げるのだ。

こうしたコンプレックス商法は、もちろん女性にも大いに仕掛けられている。

目が細い、鼻が低い、唇が薄い、眉毛の形が悪い、乳房が小さい、ヒップがない、太っている、身体の一部が太い、肌の色が濃い、体毛が濃い……。

そういったものをすべて「他の人よりも劣っている」として認識させて、消えない劣等感として植え付けるのが「コンプレックス商法」だ。

そして本来はどうでもいいことに劣等感を感じさせて、何かを買わせて金を毟り取る。

こうしたコンプレックス商法は、その売っている商品が効くかどうかで売れるのではない。いかに劣等感を刺激するかで売れる。だから、劣等感を感じさせるための宣伝は執拗だ。

各種メディアで宣伝するというのは金がかかるのだが、現代社会は「金をかけて他人の劣等感を育てている」と言っても過言ではない。

何にしろ「劣等感のワナ」に落とすと金が儲かるので、金をかけても劣等感を育てる方が業者にとっては得をする。だからメディアに接して広告に触れる機会が多い人ほど劣等感の塊になっていく仕組みになっている。

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広告を無防備に浴びるというのは非常に危険な行為

劣等感は、金儲けのために意識的に作り出されるのだ。逆に言えば、私たちは他人の金儲けのために劣等感を抱かされる社会に生きている。

私たちが何かに対して劣等感を持てば、その解決を謳う商品が売れるように仕組まれている。その人が本来は持たなくてもいい劣等感を持って精神的にボロボロになればなるほど、企業は儲かっていく。

そんな社会なのだから、広告を無防備に浴びるというのは非常に危険な行為でもある。今まで自分が意識もしなかったことに劣等感を持たされるのだから、これほど馬鹿馬鹿しいことはないはずだ。

こうした広告は、本来であれば大きな社会問題として捉えられるべきものでもある。人間を無用な劣等感の塊にするのだから、健全ではない。

しかし、もちろん広告の危険性は社会問題として深く追及されることは決してない。

誇大広告、あからさまなニセモノ広告については責任を追及されることはあっても、人間を巧みに劣等感のワナに落とす広告については完全に無視されるのが常だ。

一度その人に植え付けた劣等感は、もしかしたら生涯に渡ってその人を苦しめるものになるかもしれない。

また、劣等感を広告によって強烈に刻み付けたゆえに、その人の実りある人生を萎縮させてしまうかもしれない。その人から生きる自信を奪うかもしれない。

コンプレックス商法のために仕掛けられる広告は、非常に悪質で危険極まりないのに、そうしたものが野放しにされて蔓延しているのが現代社会である。

他人の金儲けのために劣等感を抱かされるのは馬鹿馬鹿しいが、それを避けることができないのが現代社会だ。

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ワナだと気付かないと、劣等感を刻み付けられる

広告を無防備に浴びるのが危険なのは、「コンプレックス商法」によって自分が劣等感の塊になるようにワナが仕掛けられているからである。

これに対抗するにはどうすればいいのか。

まずは、それが「劣等感を植え付けるワナである」と気付けばいい。ワナが仕掛けられていると知っていて接するのと、何も考えないで接するのとでは、受け止め方がまったく違ったものになる。

ワナが見えると、「この企業は儲けのためにコンプレックス商法を仕掛けている。おぞましい」と一定の距離感が持てる。

それがないと「自分は他人より劣っているのだ」と企業の術中に落とされて、無用な劣等感を心の中に植え付けられて、以後は企業の広告にコントロールされることになる。

コンプレックス商法を仕掛ける企業の広告は巧みである。

劣等感を感じている人を登場させて我が身のように共感させ、その人が広告商品で幸せになっていくようなストーリーを描くことが多い。

実は共感させることで視聴者にも劣等感を植え付けているのだが、そう感じないように巧妙に実体を隠す。

たとえば東南アジアでは、肌の黒い女性が登場して肌が黒くて悩んでいたところを、ある商品を使ったところで肌が白くなって人生がバラ色になったという広告がよく見られる。

典型的な「コンプレックス商法」だが、これでこの広告の主人公に共感すると、「肌が黒い=悪いこと=自分も黒い=劣等感」という企業の仕掛けたワナに落ちることになる。視聴者はそれに気付かない。

共感があると、「肌が黒い=悪いこと=誰がそんなことを決めた?」とならないのである。

だから、今まで自分の褐色の肌も美しいと思っていた女性も、やがて肌の黒さに劣等感を持っていくようになるのである。その劣等感は、どこかの企業が仕掛けたワナだと気付く女性はひとりもいない。

「劣等感を植え付けるワナである」と気付けば、自分が劣等感を抱く前に企業に嫌悪感を抱く方が先になるのだが、ワナだと気付かないと企業に劣等感を刻み込まれて心を支配される。

私たちは、他人の金儲けのために劣等感を抱かされる社会に生きていることを、もっと意識してもいい。

『劣等感という妄想: 禅が教える「競わない」生き方(枡野 俊明)』

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