カネが欲しいと思っている人の全員が「カネを愛している」わけではない?

カネが欲しいと思っている人の全員が「カネを愛している」わけではない?

日本だけではなく、アメリカもそうなのだが、格差が社会に問題をもたらすと警鐘が鳴らされ続けているにも関わらず、まったく改善していない。その理由は明らかだ。現在の資本主義の構造からして、格差の是正はほぼ不可能だからである。

資本主義の世界では、資本を持っている者が得するようにできている。そして、資本を持っている者と持っていない者の差は、何もしなくても、どんどん開いていくことになる。

これは単純な話だ。

配当の年利回りが3%の株式があったとする。資本を持っている人が1億円でそれを所持し、資本をあまり持っていない人が100万円でそれを所持したとする。

税金・手数料を考えないで考えると、1年経って手に入る配当は、1億円の人は300万円、100万円の人は3万円となる。

同じ3%の条件であっても、結果は297万円も違う。現実は1億円と100万円どころではなく、個人で数十億、数百億の資本を持っている人もいれば、ゼロの人もいる。資本主義では、これほど圧倒的な差が付いたまま競争をしなければならない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

最終的には1%が99%を支配する世界

資本主義の時代が長くなればなるほど、格差が超絶的に開き、最終的には1%が99%を支配する世界になっていくという理由がここにある。生まれながらにして、貧富の差はある。生まれた瞬間に、すでに大きな格差があり、人生が違ってしまう。

金持ちの没落や貧困者の成り上がりというドラマはあるが、ほどんどは金持ちは金持ちのまま終わり、貧困者は貧困者のままで終わる。

富裕層の親から生まれてきた子供は、夢うつつで暮らしていても親の財産を継承できるので、放っておいていても、どんどん金持ちになっていく。継承されるのは財産だけではない。豊や人脈や事業も継承される。

配当の例を見ても分かる通り、資産を持っているだけで、その資産が次々に大きなカネを生み出すのである。

逆に、貧困層の親から生まれてきた子供は、元がないので苦難の人生が待っている。夢うつつで暮らしていたら、餓死に追い込まれていく。教育を受けるのも難しい局面にあり、人的資本も皆無に近い。受け継ぐ事業もない。

端的に言うと、貧困層の親から生まれてきた子供は何もない。

アメリカでは、上場企業の経営者は数百億円もの年収を稼ぐ人も珍しくないのだが、その一方で労働者は最低賃金以下の給料でワーキングプアに陥っている。金持ちはさらに金持ちに、貧困者はさらに貧困者になる。

アメリカでは、大統領選挙のたびにこういった状況がクローズアップされるのだが、すでに超格差社会と化したアメリカでは競争すらも意味がないところにまで差が開いてしまっている。

この格差は、人工知能とロボットによって、さらに開いていくことになる。なぜなら、これらのイノベーションが最初に奪うのは、貧困層が就いていた「反復作業の仕事」だからである。

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必ずしもカネを愛しているわけではない

資本主義は自ずと格差を生み出す仕組みになっている。現代社会はイノベーションによってそれをブーストさせていく。だから、今後も格差はどんどん開いていく。仮にスタート地点が同じだったとしても、やはり格差は開く。

そして、金融に対する関心の度合いひとつでも、格差は生まれる。私たちは生きるために働いているのだが、なぜ働いているのかというと、資本主義で生きるためにはカネが必要だからである。

カネがなければ生きていけないので、まったくカネに興味がない人間でも、生きるために必死で働かなければならない。そこで、誰もがカネを手に入れるために命を削ることになる。

しかし、人間の興味は多種多様であるのも事実だ。

カネよりも他のことに興味がある人も多い。必要最小限のカネを手に入れたら、あとは金儲けではなく、他のことに没頭したいという人は山ほどいる。

つまり、資本主義の原点である「資本」を増やすことには、まったく関心のない人は多い。カネが欲しいと思っていても、それはカネを愛しているからではなく、カネを手に入れて「他のものと交換したい」と思っているだけなのである。

カネが入れば何かをコレクションする人や、カネがあれば趣味に注ぎ込む人は、まさにそんなタイプだ。どんなにカネを稼いだとしても、本当はカネが重要だとは思っていない。「カネで買えるもの」の方を愛している。

それは別に悪いことでも何でもない。それがその人の人生なのであり、誰もそれを批判することはできない。実のところ、多くの人はそんなタイプだ。

分かりやすく言えば、どんなにカネのために粉骨砕身で働いているとしても、その人が必ずしもカネを愛しているわけではないということだ。

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問題は、自分がどちらなのかということだ

1. カネが増やせるからカネが欲しい。
2. 使いたいものがあるからカネが欲しい。

この2つは、まったく違う。「カネを増やすためにカネが欲しい」「カネそのものが好きなのだ」という人は、本当の意味で資本主義に向いた性格だ。

一方で「欲しいものを買うため」「浪費するため」「やりたいことをするため」にカネが欲しいというのは、いくらカネを稼いでいたり持っていたとしても、資本主義に向いているわけではない。

だから、本当にカネが好きでカネを増やすことに意義を感じている資本主義向きの人と、そうでない人は、まったく同じ給料をもらっていたとしても貯金や資産に差が出てくる。

最初は、同じ「持たざる人」だったとしても、カネを増やすためにカネが欲しい人は、そればかりしているのだから使わない分だけ増えていく。

それが長年に渡って継続すると、大きな差になっていく。

しかし、どんなにそれが分かっていたとしても、カネに関心がない人はやはり好きなこともしないでカネを貯めようなどとは思わない。だから、どんなに機会を平等にしたところで結果が平等になるわけではない。

これが格差を生む原因のひとつでもある。貧困問題が何をしても絶対に解決しないという理由の一因がここにある。

資本主義の原点である「資本」を前にして、それを貯めたい人と使いたい人では、人生の方向性が違っているのだ。当然、結果も違ってしまうのは当たり前だ。

1. カネが増やせるからカネが欲しい。
2. 使いたいものがあるからカネが欲しい。

問題は、自分がどちらなのかということだ。この問いかけは非常に重要なものになる。なぜなら、それによって自分の人生が資本主義の中で天と地ほども変わってしまうからだ。(written by 鈴木傾城)

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