どんどん買わせる。節約なんかさせない。カネがなくてもカネを使わせる社会

どんどん買わせる。節約なんかさせない。カネがなくてもカネを使わせる社会

新宿駅に降り立って繁華街を見渡すと気づくことがたくさんある。見回すと、街のあちこちに巨大看板があって、それが消費者金融の宣伝であることだ。

それぞれの企業が、即日融資だとか、1ヶ月利息ゼロだとか、借り換えローンだとか、女性にも優しいとか、様々な売り文句を書き連ねて大量宣伝している。消費者金融の巨大看板が街を埋め尽くしているということに違和感を感じる日本人はもういないのかもしれない。

こうした消費者金融は、電車の中でも大量に広告を出している。中吊り広告にも、ドアの上にも、窓にも、つり革にも、ありとあらゆるところに「カネを貸す」という広告で埋め尽くされている。

テレビでも消費者金融の広告は追いかけてくるし、インターネットの広告にも消費者金融の広告が目につくようになっている。

金利18%でカネを貸すというアコギなビジネスの宣伝が日本を埋め尽くしているというのは、あまりにも異様な光景であるとは思うのだが、日本で暮らしているとそれが日常になってまったく無感覚になってしまうのかもしれない。

異常も慣れれば日常になるという好例が消費者金融の広告であるとも言える。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「カネ」という生々しいもの

消費者金融がこれほどの大量宣伝ができるというのは、何を意味しているのか。

広告もタダではない。街の巨大看板も電車のそれぞれの広告も莫大な金額がかかっている。ここが消費者金融の広告で埋め尽くされているということは、消費者金融はそれぞれ莫大な広告費をそこに支払っているということに他ならない。

そして、消費者金融がそれを支払えるというのは、それだけカネを借りている人が莫大にいるということでもある。

すなわち日本人は金利18%だろうが何だろうが平気でカネを借りているということを意味する。

金利が18%と言えば、約4年で自分の借金が倍になってしまうものだ。それを平気で借りられるというのは、それだけ切羽詰まっている人も多いという見方もできる。しかし、それだけではないはずだ。

旅行や娯楽や無計画なカネの使い方で、「借りられるところから借りる」「貸してくれるから借りる」という人も大勢いる。つまり、最初から金利のことなど何ひとつ考えたことのない人が大量にいるということでもある。

なぜ、このようなことになるのだろうか。

現代は資本主義社会だが、だからと言って全員が全員「資本」に興味があるわけではない。さらに、教育でも基礎的な読み書き算盤と必要最小限の道徳などを教えても、「カネ」という生々しいものについてストレートに教えることはほとんどない。

今でも日本は「カネについて気にする人間は卑しい」という考え方をする人もいるほどカネについて話すのを嫌う人も多い。そのため、「カネをいかに使うか」「カネをいかに貯めるか」「カネといかに接するか」という基礎は自分で身につけなければならない状況にある。

そうなると、ある程度「資本主義」「金融」「社会システム」について関心がある人とまるっきり関心がない人では、カネに対する接し方がかなり違ったものになってしまい、中には金利18%の負債が自分の人生にどのような影響を及ぼすのかも考えない人が出てきたとしても不思議ではない。

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「カネがない」と言っても許さない

実のところ、資本主義の世界で生きるためには「使う金は収入より少なくする」を徹底することが基本であり、この基本から外れるといくら収入が多くても遅かれ早かれ破綻に見舞われる。(マネーボイス:なぜ年収数億円の有名人が破産する?私たち庶民にも参考になるたった1つの防衛策=鈴木傾城

しかし、皮肉なことに資本主義社会では、このシンプル極まりないルールは守らせないような仕組みになっている。

なぜか。

なぜなら、資本主義社会では企業が個人に「カネを使ってもらうこと」で成り立っているので、どんどんカネを使ってもらわないと「企業は困る」のである。節約なんかされるよりもカネを使って欲しい。カネを使ってくれないと儲からない。

だから、資本主義社会では朝から晩まで大量の広告を垂れ流し、人々の購買意欲をこれでもかこれでもかと刺激し、煽り立て、買わせるのである。「カネがない」と言っても許さない。

カネがなければクレジットカードもあれば、銀行のキャッシングもあれば、消費者金融もある。

どんどん買わせる。節約なんかさせない。カネがなくてもカネを使わせる。それが現代の資本主義の「ホンネ」であり、だから社会は敢えて人々に「カネの教育」をしないようになっていたのである。

下手にカネの教育などして、大勢が「カネといかに接するか」を学んで「節約が資本主義で生き残る最も有効な手段」という事実を覚えてそれを実践されたらモノが売れなくなってしまうではないか。

すべての企業にとって、金融リテラシーに長けた個人は敵なのだ。

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資本主義の裏の顔とは何か?

別に私たちはすべてカネのために働いているわけではないのだから、金融の仕組みを専門家並に知る必要はどこにもない。

普通に生きている人がマネーサプライが何かを知る必要などほとんどないし、ましてやマネタリーベースとマネーサプライの違いとは何かを知る必要もない。

しかし、知るべきことはある。それは資本主義で生きている以上はカネがいかに大切かを理解することだ。

「働くこと、節約すること、カネを貯めること」がコントロールできていないと人生が破壊されてしまう。「カネの使い方」がコントロールできていないと、一瞬で破滅する。

人々は「使う金は収入より少なくすると生き残れる」というのは知っている。本当は誰もがそれを知っている。

しかし、人々が気づいていないこともある。それは資本主義社会はそれを守らせないために、ありとあらゆる手法で私たちに過剰にカネを使わせるように仕掛けてきているということだ。

節約させるどころか、逆にどんどんカネを使わせようとする。それは資本主義の親玉が企業であることから起きている現象だ。企業は儲けるためにカネを使わせる必要があるので、私たちに節約させないように広告から営業まで含めてあらゆる手法で私たちを揺さぶっている。そしてカネを使わせる。

そういう社会であることに気づいていない人もいる。

そのような目で社会を眺めると、街のあちこちに巨大看板があって、それが消費者金融の宣伝であることは、資本主義社会のひとつの事実を私たちに教えてくれているのが分かるはずだ。その事実とはこうだ。

建前:節約しなさい。
本音:浪費しなさい。

どんどん買わせる。節約なんかさせない。カネがなくてもカネを使わせる。これが、資本主義の裏の顔なのである。それを知った上で、私たちは巧妙に生きる必要がある。(written by 鈴木傾城)

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