全世界で最もうまく広告を表示することができる企業が世界を支配している

全世界で最もうまく広告を表示することができる企業が世界を支配している

グーグルやフェイスブックはサービスを無料で使わせる代わりに、大量の広告をユーザーに送り届ける。この両者は「全世界で最もうまく広告を表示することができる企業」であり、それで超巨額の時価総額を誇る企業へと変貌した。

世界で最も広告をうまく扱うことができるグーグルやフェイスブックは、そのシステムがうまく機能し続ける限り、今後も世界に君臨し続けることになるはずだ。

最近、グーグルやフェイスブックは大量の広告を「押し付ける」がゆえに人々に嫌われるようになっているのだが、現代社会は人々にモノを買わせなければ機能しないシステムなので、これからも広告社会は途絶えることはない。

「広告」が世界を動かしているという認識を持つのは重要だ。世界は消費で動いている。その消費の渇望を凄まじく刺激するのが「広告」だ。

私たちは何かが欲しいと思ったとき、それは自分が自発的にそう思ったと感じているかもしれないが実はそうではない。

現代社会を支えているのは「広告」だ。テレビも、インターネットも、今や「広告」がビジネスを支えている。情報化社会の本質とは、「広告を見る」ことを強要される社会なのである。

現代人はビジネスに関わらなければ生きていけない。ビジネスをするというのは、すなわち「何か」を売るということでもある。何かを売るためには、その何かを知ってもらわなければならない。どうやって知ってもらうのか。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

死ぬまで「消費をさせ続ける」文化

知ってもらうためにすること。それが「広告」である。それは、目立てば目立つほどいい。広告とは、いかに目立つかが勝負になる。

だから、ありとあらゆる企業が目立つために激しくしのぎを削り、ほんのわずかな隙間、ほんの小さなスペースにも、ぎっしりと広告を埋め込むことになる。リアル空間でもインターネット空間でもそれは変わらない。

資本主義社会と情報化社会が結びついた現在、もはや私たちは広告を見ないで一日を過ごすことは不可能に近い。それほど、広告は私たちの生活の中に深く忍び込んできている。

私たちは広告の影響から逃れることは絶対に不可能である。広告は社会の隅々に浸透し、どんなに無欲な人でも、欲しがらせてしまうようになる。

企業は自社製品やサービスが売れないと苦境に落ちるので、必死になって売れる方策を考える。

そのために、広告の方法は研究され尽くしている。とにかく、人々がそれを欲しがるように様々な仕掛けを作っていく。そして、大量の資本を投下して効果を確実なものにしていく。

そして、それをグーグルやフェイスブックが巧妙に私たちに届け、巧みに表示する。

だから、私たちに欲しいものがたくさんあったとしても、それは不思議ではない。広告が私たちの潜在意識の中にまで潜り込んでいくからだ。

ありとあらゆる媒体に埋め込まれた広告が、「あれも買え、これも買え!」と朝から晩まで激しく責め立てて、私たちを追い詰めていく。

大量の広告社会が生み出すのは、もちろん果てしのない消費文化である。消費文化というのは、死ぬまで「消費をさせ続ける」文化ということだ。そのために、私たちは買っても買っても満たされることはない。

「それを買え、今すぐ買え」と広告は叫び続ける。広告に導かれてそれを買うとどうなるのか。もちろん終わりではない。すぐに新製品が出て、私たちの持っているものは時代遅れにされてしまう。

まるで世の中から自分だけが置いてけぼりにされたかのようにされて、また次に追い立てられる。

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過酷なラットレースから逃れられない

ところが、問題がある。私たちの収入の額は決まっている。その上、その収入から生活にかかる金が差し引かれる。何かを買えるのはその差し引かれた額の中からだ。

多くの人は、その額が無尽蔵にあるわけではない。それなのに、欲しいものは山ほどある。朝から晩まで広告漬けになっているからである。私たちは欲しいという焼け付くような渇望を消すことができないようになっている。

とにかく私たちは何かを買う。他に欲しいものをあれもこれも手に入れたいと必死になる。ところが、いくら買っても、また欲しいものが出てくる。

金が足りない。私たちは欲しいものを買うために、また必死で働く。それを死ぬまで繰り返す。

何かを手に入れるために、消費社会に放り込まれている現代人は、そうやって身をすり減らして働いている。分かっていても、それは止まらないし、誰もその過酷なラットレースから逃れることができない。

消費欲を刺激されて精神的に追い込まれているのだが、この消費欲は自発的に自分の心の中から生まれてきたと思っているので、多くの人はそれが広告の影響下であると気付かない。

だから、なぜ自分がこんなに何もかも欲しがる人間なのか分からず、とにかく「もっと欲しい」という気持ちに駆り立てられて、半狂乱のようになってしまっている。

資本主義は消費文化を生み出した。情報化社会は広告優先社会を生み出した。広告優先社会は、人々を「消費者」という存在に仕立て上げた。

私たちは消費者だ。そして、消費者の仕事とは朝から晩まで何かを買いまくることである。

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私たちはこれらの企業に一生を支配されるのか?

そこから逃れようと思っても無駄だ。もう、私たちの文明はそういった「消費させること」を中心にして組み立てられており、誰ひとりとしてそこから逃れられないように囲い込まれているからである。

欲しいものがあったとき、自分が心から求めているから欲しいのか、広告に踊らされているから欲しいのかを見極めるのは、とても難しい。

広告があまりにも巧妙なので、頭の中でその区別ができなくなってしまうのである。その結果、自分は本当にそれが欲しかったのかどうか分からないまま、どんどんモノを買っていく。

もうこれは消費文化の宿命であると言ってもいい。あまりにも消費欲が止まらず、クレジットカードで借金を膨らませてまでモノを買う人たちすらも出てきている。

借金を膨らませながらも、まだ何かが欲しいというのは、完全に消費文化に染まってブレーキが外れた姿である。歯止めが外されているのである。

消費に狂う人たちの存在は珍しくも何ともない。珍しいどころか、むしろありふれている。クレジットカードの会社ですらも、大量の広告を打って人々に消費を促しているのだから、人々の消費が止まるはずがない。

情報化時代が加速している今、広告による消費の煽動はさらに過激化していく。それは何をもたらすのか。

今でも消費欲を極限まで刺激されている現代人なのに、もっとひどい状況になるということだ。私たちは、知らない間にありとあらゆるモノが欲しくてたまらなくなり、欲求不満で爆発してしまうような精神状態になっていく。

すでに、そうなっている人を身近で見かけるかもしれない。いや、もうあなた自身がそうなっているのかもしれない。そうであっても無理もない。現代社会は、欲しいという渇望を消せないようになっているからだ。もう私たちは、逃れられない。

そして、ふと気づくと広告を大量に私たちに届ける企業であるグーグルやフェイスブックが全世界を掌握するほどの利益を手に入れているのだ。グーグルやフェイスブックに私たちは一生を支配されるかもしれない。

それほどの支配力がこれらの企業には、ある。(written by 鈴木傾城)

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ふと気づくと広告を大量に私たちに届ける企業であるグーグルやフェイスブックが全世界を掌握するほどの利益を手に入れているのだ。グーグルやフェイスブックに私たちは一生を支配されるかもしれない。それほどの支配力がこれらの企業には、ある。

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