たった「これ」だけで、すべての人は「カネを所有する」ことになる

たった「これ」だけで、すべての人は「カネを所有する」ことになる

当たり前のことだが、投資するためには投資資金が必要だ。この投資資金はどこかから湧いて出てくるものではない。個人が自分で投資をしようと思ったら、最初は投資よりも何よりもカネを貯めなければならない。

そのため、資本主義が続く限り、最初に最も重要な資質は「カネを貯めることができる」かどうかにかかっている。それができるかできないか。それも、若い頃からそれができるかどうか。そこで、もう人生は分かれていると言って過言ではない。

人生において重要な決断の多くは、最終的には貯蓄額で選択肢が決められる。必要なだけの貯金がなければ選択肢も限られる。貯金はないよりもあった方がいい。選択肢が広がるからだ。

カネを貯めるためには、節約できるかどうかがポイントになる。節約ができないのであれば貯金はできない。いくら大金が入ってきたとしても、その大金を湯水のごとく使っていたらゼロになる。

支出は常に収入よりも少ない状態にする。一過性ではなく、恒常的にそうする。それが「節約する」という意味である。

面白いことに、たったそれだけですべての人は「カネを所有する」ことになる。額の多寡は関係ない。収入が少なくても支出を極限まで減らせばそれで手元にカネは残るのである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「貯金=収入ー支出」は資本主義の中で最も基礎的な原則

「貯金=収入ー支出」は資本主義の中で最も基礎的な原則である。出て行くカネを入るカネよりも少なくすれば、それだけで貯金ができる。

この原則は誰もが知っていることなのだが、知っているから誰もが貯金できるというわけではない。

なぜなら、人には欲望があり、やりたいことがあり、欲しいものがあり、見栄があるからだ。貯めるよりも、使う方が人々の心をとらえる。貯蓄よりも消費の方が人々の心を熱くする。

おまけに現代の資本主義は徹底的なコマーシャリズムで構築されている。ありとあらゆる媒体に広告が打ち出されており、その広告が徹底的に私たちの消費欲を刺激し、煽ってくる。

これらの広告は人間心理を恐ろしくなるほど研究している。人々の脳裏の奥深くにまで広告が刻み込まれ、無意識に消費させるようにしているのである。

そのため、「貯金=収入ー支出」という原則を誰もが知っているにも関わらず、誰もがこの原則に沿って貯金できるわけではない。コマーシャリズムが徹底化された社会の中で、私たちは無意識に消費するように洗脳されているのだ。

しかし、別に人生を楽しむためには大金をかけなければならないわけではない。カネを湯水のごとく使えないから不幸だということにはならない。楽しみや幸せをカネで買おうとするから逆に不幸になる。

だからこそ「貯金=収入ー支出」を意識して、支出は常に収入よりも少ない状態で生きることができるというのが重要なのだ。たったそれだけで、カネが残り続け、それがいつしか大きな束になっていく。

逆に言えば、支出を抑えれば「支出以上の収入がある」ということになる。収入がどんなにささやかであっても、支出を抑えればそれは「支出以上の収入がある」ということになるのだ。

結局のところ、貯金をするというのは実にシンプルなことを徹底すればいいということになる。節約して、つましく生活すればいいのである。それだけだ。タネも仕掛けもない。

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つましく生きるというのは、泥沼を避ける方法でもある

投資するためには資金がいる。資金が必要であれば貯金する必要がある。貯金をするためには節約する必要がある。節約するためにはつましく生活しなければならない。

つまり、資本主義でうまく生き残りたいのであれば、つましく生活するというのが最も重要であるということになる。

つましい生活をしていると、消費者金融と関わることもないし、クレジットカードの使いすぎもないし、リボ払いの地獄に陥ることもない。

消費者金融の金利は上限金利は15%から20%であり、バブル期の頃の54%に比べると半分以下に制限されたが、それでも15%から20%というのは、恐るべき高金利であるのは間違いない。

通常、消費者金融の金利は18%で設定されることが多いのだが、18%の金利で言えば40万円以上を超えると、利息だけで毎月の最低返済額の半分を超えることになる。借金は返しても返しても減らず、少しでも返済が滞ると自転車操業に突入していくことになる。

クレジットカードやリボ払いは、単なる支払いの仕組みだ。うまく使えば支払いを後に伸ばせるのだから計画性のある人には非常に便利な仕組みでもある。しかし、計画性のない人がこの仕組みに乗ると、たちまち借金を膨らませて抜けられなくなる。

うまく使えれば便利な仕組みも、人によっては地獄の入口と化す。

その分かれ目になるのは、やはり「つましく生活できるかどうか」という基本的な生活スタイルに帰結する。つましく生活できる人は、そもそもクレジットカードを多用することもないし、リボ払いを使うこともない。

実のところ、節約して生きられる人は、金融と金利の仕組みを詳しく知らなくてもまったく何の問題もない。最初から節約して生きているので、そもそも足を踏み入れることのない世界だからである。

足を踏み入れない以上、それは「知らなくてもいいこと」なのである。カネを借りて返済のために足掻くよりも、最初から足を踏み入れない方が合理的だ。泥沼でもがくよりも、最初から泥沼を避ける方が合理的だ。

つましく生きるというのは、泥沼を避ける方法でもある。

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最後は知力よりも精神力の勝負になっていくことになる

生まれながらにして、つましく生きることができない人もいる。

そうであれば、自分の能力と運を磨いて収入を支出以上に増やすしかないのだが、それでも贅沢が身につくとダウングレードができない体質になるので、収入が途絶えた時に一気に困窮することになる。

つましく生きるというのは誰でもできるわけではない。自分をコントロールするというのは、大変なことなのである。

だから、自制できる人は、それ自体がカネをもたらすことになる。(フルインベスト:「それ」は利益を生み出すものとは思われていないが実際には利益を生む

自分をコントロールすることができる人は、資本主義で生き残るための基本ができている人であるとも言える。自制できるというのは、あまり評価されないのだが、実は凄まじく重要な部分なのだ。

自分をコントロールできるから、つましく生きることができる。そして、つましく生きることができるから貯金が増える。貯金を増やすというのは一過性の決意や行動では駄目で、倹約が継続していなければならない。

そのため、つましく生きることができる人は、自制心と共に継続心も同時に備わっていることを意味する。

貯金を増やすのはつましく生きる必要があり、このライフスタイルを支えているのが自制心と継続心なのだが、興味深いことに投資に必要なのも最後は自制心と継続心なのだ。

投資は貯金よりも、さらに難しい。

社会環境は刻一刻と変動し、相場も激しく揺れ動き、時には買値を割って転がり落ちることもある。深い分析があっても、相場が乱高下するたびに自制心を失い、継続心が消えたら、長期投資はほぼ不可能だ。

長期投資を成功させるためには、貯金よりもはるかに強い自制心と継続心が必要になっていく。投資に関しても、最後は知力よりも精神力の勝負になっていく。精神力の強い人が最後まで生き残る。

そういった意味で、支出は常に収入よりも少ない状態で暮らし、一過性ではなく、恒常的に節約することで鍛えられた人は、投資にもかなり強いのではないか。それは、常に「カネになる生き方」なのである。(written by 鈴木傾城)

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貯金を増やすのはつましく生きる必要があり、このライフスタイルを支えているのが自制心と継続心なのだが、興味深いことに投資に必要なのも最後は自制心と継続心なのだ。

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