「それ」は利益を生み出すものとは思われていないが実際には利益を生む

「それ」は利益を生み出すものとは思われていないが実際には利益を生む

いくら理性と知性とひらめきと才能があっても、感情のコントロールができないのであれば、人間関係も、生活も、資産運用も、すべて失敗する。

理性と知性とひらめきと才能によって運をつかんでも、感情のコントロールができないことで最後には失敗してしまうのだ。

投資のプロは感情のコントロールを非常に重視することで知られている。

相場が乱高下しても、自分の所有する企業の株価が大暴落しても、熟練したプロは冷静沈着に物事を判断する。プロは感情のコントロールで富を得ている。

面白いことに、感情で物事を判断すると思われているギャンブラーも、実際に生き残るのはまわりの状況を的確に判断できる冷静沈着な人間であり、激情に身を任せる人間ではないということだ。

決断したらすぐに良い結果が出ることは稀だ。投資であれ、投機であれ、人生で起きるすべての決断は、それがどんなに正しい決断であったとしても、普通はすぐに結果が出るわけではない。結果が出るまでには、長い時間がかかる。

むしろ、決断の結果、最初は追い込まれることすらもある。(ダークネス:「良くなる前には、いったん悪くなる」という現象を認識せよ


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

感情のコントロールが欠如していることに起因している

決断と結果の間には、時間がはさまっている。重要な決断ほど、結果が出るのに時間がかかる。世の中はそれが普通だ。

結果が出るまで時間がかかるということは、それまでは感情をコントロールし続けることが必要になるということでもある。すぐに結果が出ないからと感情を爆発させて決断を放棄していたら、何も成し遂げられない。

そういう意味で、感情のコントロールができるかどうかは、人生で必須の能力であると言っても過言ではない。これは、人種・年齢・性別・職業・環境・時代を問わないことから、ひとつの重大な法則であるとも言える。

資本主義できちんと生きるためには、まず最初に貯金をしなければならないが、貯金をするというのも感情のコントロールが必要だ。欲しいもの、やりたいこと、好きなことを我慢しなければならないからだ。

感情がコントロールできなければ衝動買いを止めることができない。金を使うべきか我慢すべきかの合理的な判断もできない。節約は、感情のコントロールがあってこそ成り立つ。

無駄なものを買わない、カードローンや借金をしないというのは、誰もが知っている常識のはずなのに、それができない人もいるのはなぜなのかというと、常識が欠如しているのではなく、感情のコントロールが欠如していることに起因している。

常識では分かっていても、感情のコントロールが効いていないから資本主義の落とし穴にはまってしまう。

感情のコントロールが効かないと、健康をも失ってしまうというのも常識だ。

たとえば、感情の赴くがまま暴飲暴食していると、どこまでも体重が増えていって容姿が崩れていくだけでなく、体重増加によって糖尿病や高血圧や心臓病や肝臓病を呼び寄せてしまう。

あるいは、感情の赴くがままアルコールやタバコやドラッグに溺れていると、重大な依存症にさいなまれることになる。

それは隠された事実ではない。子供ですらも知っている事実だ。にも関わらず、多くの人が過食や嗜好で健康を害して自滅していくのは、ただ単に「感情のコントロールが効いていない」からなのである。

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感情のコントロールが欠如しているとすべて無駄に

投資に関してもそうだ。いくら知的能力が高くて、社会情勢が読めて、財務諸表が読めて、金融の知識も豊富で、素晴らしい銘柄選択能力があったとしても、感情のコントロールができていなければ、まったく何の意味もない。

感情のコントロールができないというのは、すべての結果を「ゼロ」にする。

株式市場でも、同じ銘柄を売買しているにも関わらず、莫大に儲かる人と途方もなく損をする人に分かれる。

同じ銘柄を買っても結果が違ってしまうのは、買い時と売り時を間違えているというのが大きな理由なのだが、実はここにも感情のコントロールの有無が大きく作用している。

「買い時」や「売り時」というのは、実のところ誰もが100%分かっているわけではない。どこが底でどこが頂点なのかはプロでもわからない。多数の調査スタッフを雇い、膨大な資料を駆使し、長年にわたるアノマリーを分析し、高度に訓練されたプロでさえも相場は「読めない」のである。

上がる「かもしれない」、下がる「かもしれない」という不明瞭な見通しの中で、相場と向き合っているのである。

そのため、割安だと思って買ったはずの銘柄が、より下がっていくことも往々にしてあり得る。「落ちたナイフをつかむな」という格言は、実のところ「どこが底なのか分からない」以上はまったく意味のないものでもある。

「買い時」であると判断しても、相場は往々にして買い値を割って下がっていくのは珍しくない。それが現実の光景だ。

買い値を割って下がった時、もし感情のコントロールができないのであれば、どのような結果になるのか。せっかく正しい判断をしていたとしても、感情に任せて売ってしまったら、ただ単に「高い時に買って安い時に売った」ことになる。

短期の相場の変動に惑わされて、何も得られない。損するだけで終わりだ。ファンダメンタルズやテクニカルな知識をどれだけ増やしても無駄だ。感情のコントロールが欠如していると、最後にゼロをかけるのと同じなのだ。どんな大きな数字であっても、最後にゼロをかければ答えはゼロだ。

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それは、利益を生み出すものであると思われていない

人間は機械ではないので、感情をゼロにすることを目指すのは無意味だ。度を越したもの、極端・過激・極限的なものは、それが何であれ有害である。限度を超えたものを目指すのは浅はかだし、その立ち位置は間違っている。

つまり、感情を完全に排するというのは方向性としては間違っている。

人間は感情があってもいいし、喜びや楽しみは誰もが味わうべきものだ。それは人間らしく生きるための権利である。しかし、だからと言って度を越した感情優先は、それはまた有害なのだ。

特に、大切な場面、重要な場面、必要とされる場面においては、常に感情がコントロールできるようになっていなければならない。それができるのとできないのとでは、人生の展開と結果はかなり違ってくると言っても過言ではない。

感情がコントロールできるようになれば、良い決断と良い選択が積み重なっていくので、結果的にはそれが「複利」のように作用して自然と良い人生を作り出す。

貯金が必要であると決断すれば、感情がコントロールできている人は貯金が貯まる。無駄なことを買わないという選択ができるようになり、不必要なローンや借金をすることもなくなる。暴飲暴食もなくなり、健康状態を長く保つこともできる。

投資の決断に関しても、感情がコントロールできるだけで、リターンはかなり上がっていくことになる。すべてが「複利」で良くなるので、総合的に見るとかなりのメリットを享受できるようになる。

感情のコントロールは、重要な個人的資産なのである。

しかし、「感情をコントロールできるようになる」というのは、それほど大切なことだとも、利益を生み出すものであるとも思われておらず、そこに着目している人もあまりいない。

すでに感情がコントロールできている人も、それが稀に見る重要な個人的資産であると自覚していない。

だから、逆に言えば重要な場面で感情がコントロールできるようになるだけで、かなり飛び抜けた結果が出せるということを意味している。それは利益を生み出すものとは思われていないが実際には利益を生む。人生の結果に大きな利益を与えるものなのだから、そこに気づくのは重要だ。(written by 鈴木傾城)

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重要な場面で感情がコントロールできるようになるだけで、かなり飛び抜けた結果が出せるということを意味している。それは利益を生み出すものとは思われていないが実際には利益を生む。人生の結果に大きな利益を与えるものなのだから、そこに気づくのは重要だ。

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