日本人は「株式投資はギャンブルではない」ということさえ理解しない

日本人は「株式投資はギャンブルではない」ということさえ理解しない

株式投資は「投資」にもなれば「投機」にもなる。

投機とは要するにギャンブルのことなのだが、株式市場は毎日のように上げ下げがあるので、ここに着目すると市場で「丁半バクチ」ができる。

丁か半かは、上がるか下がるかに置き換えられるが、チャートを類推したり、出来高の増減を見たり、何らかのニュースを聞いたり、あるいは完全なる動物的なカンで、どちらか一方に賭けて自分の「運」をそこで試すことが可能なのだ。

自分の手持ちの金だけでは利ざやが取れてもたかが知れていると思ったら、信用で3倍の取引ができるようになる。危険度は3倍になるが、うまく当たれば儲けも3倍になる。

一日に何度でもバクチができる。市場が開いていればいつでもバクチができる。入場資格には学歴も経歴も性別も人種も人間性も問われない。金さえあれば誰でも参加可能だ。

だから、株式投資でギャンブルに明け暮れる人がいて、勝負運の強さで大金持ちになる人もいれば、逆に熱くなってすべての財産を注ぎ込んで何もかも失う人もいる。

こうした動きは派手で目立つので、だからこそ「株はギャンブルだ」と考えて、堅実な人は株式投資に悪いイメージを抱き、そこから遠ざかってしまうのである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

上げ下げだけに着目するのは単なる「運試し」

株価の上げ下げに着目して賭けていれば、確かに株式投資はギャンブルと同様であり、勝てるかどうかは運に委ねるしかない。

そこで大当たりをしたとしても、その大当たりを再現することができない。ギャンブル的手法を長く続けていても、それが投資に転化することは決してない。

ギャンブルはいつまで経ってもギャンブルなのである。

ただ、このギャンブルは勝てる確率が非常に高い時期と、負ける確率が非常に高い時期があって、うまく入ってうまく出られた人はギャンブルしているのに投資をしたかのような結果を手に入れることができるようになる。

たとえば、1985年の日本の代表的な株式を相手にバクチ的な手法で売り買いして、1989年にそれに飽きて足抜けしていたら、その人は「もしかしたら自分は天才ギャンブラーなのか?」と勘違いするほど勝率が高かったはずだ。

なぜなら、この期間の日本株式市場は巨大バブルの真っ只中にあったので、何を買ってもそれなりに勝てたからだ。

ただ、バブルはいつ終わるのかは誰にも分からなかったので1898年に足抜けできた人はほとんどいない。そのため、結局は1990年以後のバブル崩壊に巻き込まれて、それまでの運をすべて吐き出す結果になってしまっていた。

同じことが2000年に起きたITバブルとその崩壊、あるいはその後に起きた新興市場バブルとライブドラショック、あるいは2017年に突如として起きた仮想通貨バブルとその崩壊でも言える。

ギャンブルは勝てる時期があるのだが、その時期が終われば一気に持ち去られていくのが世の常だ。バブルが崩壊して相場が下落していく最中は、逆に何を買ってもいつ買っても負ける。相場はとにかく下げ続けるからだ。

勝ちやすい時期と負けやすい時期がある。しかし、上げ下げだけに着目していたら、それは単なる運試しであり、投資にはなりえない。

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投資は勝てた理由が説明できるし再現性がある

もし、株式投資がこのように「株価の上げ下げに賭けるもの」だけであったら、まともな人は株式投資などは公営ギャンブルかパチンコと同じだと思って近づかないはずだ。

しかし、株式投資が他のギャンブルと唯一違う点がある。それは株式というのは発行元が企業であり、その企業の事業や財務を分析すると将来の価値が見えてくることである。

つまり、企業の内容をしっかり把握し、財務分析をすることで「将来価値」が読めることがあるのだ。

もちろん企業によって将来価値が読みやすい企業もあれば読みにくい企業もあるので、一概に分析すれば「将来が読める」とは言い切れない。それでも「読みやすい企業」というのがあるというのは事実だ。

これは、きちんと分析した結果として「将来性がある企業の株式を保有」しておけば、何も運やカンに頼らなくても勝てる確率があるということを意味している。

たとえば、将来性と継続性のある事業をしている企業があって、事業が人々に受け入れられていて、大きなブランドもあって、利益も毎年しっかり出していて、配当も継続して出していて、毎年のように増配している企業があるとする。

この企業に投資して株を保有しておけば、短期の株価変動に巻き込まれて買値を割ったとしても、事業が成長して利益も出し続けるのだから、いずれは株価も上がっていくと予測することが可能だ。

そこに金を張るというのはギャンブルではない。それは「投資」になる。

ギャンブルはなぜ勝てたのか負けたのかが説明もできないし再現もできないのだが、投資は勝てた理由(場合によっては負けた理由)が説明できるし再現性がある。

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ここを乗り越えると、また新しい世界が広がっていく

株式投資がギャンブルだという意識が抜けない人は、この部分をしっかり把握しておく必要がある。株式投資は丁か半かのバクチではないし、ギャンブラーがするものでもない。

ギャンブルしようと思ったらできないことはないが、理論と理性と常識と忍耐で勝負しようと思えば、それもまた十分に可能な世界なのである。

日頃から理論的に考えて常識的に生きている人は、その人に合った株式市場の付き合い方がある。まずは、それに気づく必要がある。

「株がギャンブルではないというのは当たり前だ」と思う人がいたら、実のところその人は少数派だというのが日本の現状でもある。

それは、金融庁の『平成27事務年度・金融レポート』に、このような文章があることからも分かる。

2016 年初に金融庁で行ったアンケート調査では、投資未経験者のうち、約8割が「有価証券への投資は資産形成のために必要ない」と回答しており、その理由としては「そもそも投資に興味がない」が約6割、「投資はリスクがあり怖い」、「投資の知識がない」がそれぞれ約3割となった。

また、「有価証券投資は資産形成のために必要だ」と認識しながらこれまで投資したことがない層は、その理由として「まとまった資金がない」との回答が7割強を占めたほか、「投資の知識がない」、「投資はリスクがあり怖い」という回答もそれぞれ約5割、約4割となった。

資本主義で生きているのに、資本主義の真髄である「投資」に関して「金がない」「興味がない」「リスクが怖い」「知識がない」と避ける理由を考えて逃げていたら、ジリ貧になってしまうのは当然のことである。

だから、日本人は「株式投資はギャンブルではない」という事実を理解することから学習しなければならない状況だ。ここを乗り越えると、また新しい世界が広がっていく。(written by 鈴木傾城)

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「株がギャンブルではないというのは当たり前だ」と思う人がいたら、実のところその人は少数派だというのが日本の現状でもある。

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