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「コロナ禍が落ち着けば戻るはず」という考え方は成り立たないのではないか?

1990年代後半になると社会は完全にバブル崩壊を認識した。過大な借金に押しつぶされて自殺していく人たちが増えたのもこの頃だった。自殺者は年間3万人を超えていき、その異様さは世界でも際立っていた。しかし、それでもいずれまた日本は経済大国として「陽はまた昇る」と考える人々も少なくなかった。(鈴木傾城)

コロナショックが日本経済の与えている悪影響を数字で見る

コロナショックが本格化したのは3月からだが、その前後から日本経済は悪化する一方であり、まだコロナショックはこれからも続いていく。いったいどのようになっているのか。ここは分かりやすく「数字」から、どん底(ボトム)で起きていることを浮かび上がらせてみたい。(鈴木傾城)

コロナは「もう終わった」のか、それとも「これからもっと悪くなる」のか?

中国発コロナウイルスの最悪期は「終わった」のか「終わっていない」のかは、見る国と人によって違って当然なのだが、投資家目線で見ればどうなのだろうか。私自身は予言者でも何でもないし、この世に予言者などひとりもいないというのは分かっているので、私自身は「どちらの見方が正しいのか」という判断はしない。したところで意味がない。私が重視しているのはそこではなくて「2つの見方がある」という部分である。(鈴木傾城 […]

資産に借金というステロイドを打っている人は、大きな不況の中で危機に落ちる

人は自分の人生が常に「右肩上がり」であって欲しいと願う。資産はどんどん膨らみ、持ち物はどんどん増え、社会的地位もどんどん上がって欲しいと願う。大きくなること、巨大化することが、すなわち幸せになることであると思うからである。だから、どこまでも巨大化を突き詰めていき、それを止めることは決してない。(鈴木傾城)

「現代人は、欲しいものがないくらい満たされている」という大嘘に騙されるな

1955年から1970年代までの間、日本はGDPで見るとお話にならないほど貧しかった。しかし、「これからどんどん世の中が良くなっていく」「所得倍増だ」「欲しいものは何でも買っていい」という高度成長期特有の超ポジティブな楽観論が社会全体を覆い尽くしていたので、人々の心理は笑ってしまうほど「豊か」だった。(鈴木傾城)

自分を追い詰めるのは外部環境ではなく、しばしば自分が下した自分の判断から

振り返れば誰でも「あの時こうしていれば良かったのに」「あんなことをしなければ良かったのに」と思うことはいくつもあるはずだ。それは1つや2つどころではないはずだ。きちんと生きている人ほど多くの判断をしているわけで、そうした判断ミスの記憶も多い。しかし、そうした判断ミスがあっても人生が破綻しなかったということは、それは幸運なことであったはずだ。(鈴木傾城)

私たちは「空間」に高額を払っている。「4つの無駄を排除しろ」という考え方

トヨタの「カイゼン」はもちろん「改善」という言葉からきているのだが、これはトヨタの副社長にして技術者であった大野耐一氏が製造工程における効率化と合理化を推し進める手法としてトヨタに定着させたものだった。ところで、この大野耐一氏が推し進めたカイゼンの中で大きなウエイトを占めているのは「整理」と「整頓」であった。(鈴木傾城)

コロナショックという未曾有の危機の中でも生き残るための私の武器とは何か?

だから私は、1997年のアジア通貨危機でも、1998年のロシアデフォルトによる金融市場の暴落にも、2000年のITバブル崩壊でも、2001年の同時多発テロ事件による金融ショックにも、2008年のリーマンショックでも、2011年の東日本大震災でも、生き残ってこられた。これまで一度も経済的に追い込まれたこともなかったし、首が絞まることもなかった。私は要領が良かったのか。いや、そうではない。(鈴木傾城)

コロナショックの自粛の中でも、不労所得が入って生活に困らないのが富裕層

安全地帯に引きこもって「自粛しろ」と言っている人が何もしないで800万円を手に入れるほどのポテンシャルがあり、一方では「自粛したくない」と思っても自粛せざるを得ない人が路頭に迷って苦しむ。そういうわけで、コロナショックが終わる頃には、相変わらずカネが減っていない富裕層と路頭に迷った貧困層に分かれ、格差は凄まじいものになっていくだろう。

自粛からの脱却。日本人は経済活動を再開して戦うだけの能力があるはずだ

経済活動を再開したら確かに感染者も増えるし死者も増える。しかし経済活動を再開しなくても経済が崩壊して「経済死」する国民も増える。どちらかを選べば、みんな安全で幸せになるというのはあり得ない。どちらを選んでも完璧な封じ込めもできないのであれば、立ち向かった方が展望が開ける。(鈴木傾城)

自粛が要請されている今がチャンス。集中力の差が能力の差となって現れてくる

最近、何かに没頭し、寝食を忘れるほど集中したことがあるだろうか。何か一点に没頭し、集中力をとことん高めることができれば、それは正しい道を歩んでいるということだ。その集中力が何かを生み出すかもしれない。新型コロナウイルスによって、私たちは自宅待機・隔離・自粛を要請されている。そうであれば、家の中で何かに集中して取り組むのに良い期間であると前向きに捉えることもできる。(鈴木傾城)

新型コロナウイルスの問題が落ち着いたら、最も困難に落ちているのは普通の人

一般国民の多くは株式を買う余裕もなければ興味もない。「自分の給料を貯金する」というのが一般国民の発想であり、株式という金融資産を保有して資本主義に「乗る」という発想はまったくない。しかし、政府がやっていることを見て欲しい。政府は「利下げ」しているのである。(鈴木傾城)

得意な分野に身を置けば、それが得意でない人間を楽に出し抜けることを認識せよ

日本人の8割はサラリーマンになるのを見ても分かる通り、日本では同調圧力があまりにも強くて本当にやりたいことができていない。そうした社会に従うしかない自分に悲観して「うまく生きていけるのだろうか」と心配している姿が目に浮かぶ。やりたくない生き方を押しつけられる未来しかないのであれば、誰もが希望を失い、幸せになれると思わないのは当然ではないのか?(鈴木傾城)

少子高齢化の問題は、人工知能(AI)やロボットで解決するわけではないのだ

人口が減るのであれば人工知能(AI)やロボットで補えば問題は解決すると言う人もいる。しかし問題を深掘りしていくと、そんな単純なものではないことに気づく。人工知能やロボットは労働力を補完することはあるのだが消費しないので、内需の拡大に貢献しない。また子供を産み育てることもない。次の社会を担うこともなければ、文化を創ることもない。(鈴木傾城)

2020年代に入って日本が良くなると思ったら甘い。生活は逆にもっとひどくなる

ほとんどの日本人は、今よりも貧しくなり、生活レベルが落ち、中には生活困窮で追い詰められる人も増大する。生活保護受給者は高止まりし、次の不況でさらに増える。バブル崩壊以降、この流れは一度たりとも変わったことがない。良くなるどころか、まるで真綿で首を絞められるように、どんどん追い詰められている。貧困は、すぐ隣にやってきている。2020年代になってそれは反転するのではなく加速するのである。(鈴木傾城)

「同一労働・同一賃金」によって、むしろ追い詰められる人が増える理由とは?

同じ仕事であれば同じ賃金であるべきというのはフェアな考え方である。しかし、日本が今までそうではなかった。その理由は、日本独自の「年功序列」というシステムがあったからだ。年功序列というのは、若いうちは少ない賃金で年齢が高くなればなるほど賃金が上がっていくというものである。これは終身雇用とセットで取り入れられたものだ。(鈴木傾城)

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